故、火照命者(は:短語)海佐知毘古【此四字以音 下效此】と爲す
而(すなわち)、鰭廣物と鰭狹物を取る
火遠理命者(は:短語)、山佐知毘古と爲す
而(すなわち)毛麤物と毛柔物を取る
爾(なんじ)火遠理命、其の兄火照命と各(おのおの)相に佐知を易く欲して用いると謂う
三度と雖(いえども)乞うを不許(ゆるさず)
然し、遂に纔(わずかに)得易しと相(たすける)
爾(なんじ)火遠理命、海佐知を以って魚釣りし 、都一つの魚も不得(えず)
亦、其の海で失った鉤(かぎ)、是於(これにおいて)、
其の兄火照命は其の鉤(かぎ)を乞うて曰く
山佐知の母 己之佐知佐知 海佐知の母 己之佐知佐知
今、各(おのおの)佐知を返すと謂う之(これ)の時【佐知二字以音】
其の弟火遠理命答えて曰く
汝の鉤(かぎ)者(は:短語)、魚釣で一つの魚も不得(えず)
遂に海で失う
然し、其の兄が強く徵(しるし)を乞う
故、其の弟、破御佩之十拳劒で作った五百の鉤(かぎ)
と雖(いえども)償(つぐない)不取(とらず)
亦、一千の鉤(かぎ)を作る償(つぐない)と雖(いえども)不受(うけず)と云う
猶(なお)、其の正しい本の鉤(かぎ)を得るを欲す
佐知毘古
「此四字以音 下效此」と注記があるので、「音読み」指定となります。
「佐」:呉音・漢音:サ
「知」:呉音・漢音:チ、唐音:シ
「毘」:呉音:ビ、漢音:ヒ
「古」:呉音:ク、漢音:コ
上記により、呉音「さちびく」、漢音「さちひこ」となりそうです。
「佐知毘古」が「さちびく」なら、「びく」は「魚籠」の事を指していると思われます。
そうなると、日本書紀にある「海幸彦」というのは、間違いという事になりそうです。
次に「さち」は、必ずしも「幸」を指すわけではない様で、goo辞書で調べると、
「つまずくこと。また、失敗すること。」を「蹉躓」と表記する様です。
今回の場合は、「幸」で良いと思います。
問題は、「びく」=「魚籠」だとすると、
「山佐知毘古」での「びく」は何を指しているのでしょうか?
調べると、こちらも、「山菜採り」に時に腰に付ける籠を「びく」と呼んでいる様です。
「三度と雖(いえども)乞うを不許(ゆるさず)」と解読できますが、
前文との差が大きいです。
「爾(なんじ)火遠理命、
其の兄火照命と各(おのおの)相に佐知を易く欲して用いると謂う」
と前文では、物々交換している様に解釈できます。
ところが、次の文では、上記の様にあり、何があったのでしょうか?
「三度と雖(いえども)」から考えて、なにか問題を二度起こしていると考えられます。
「爾(なんじ)火遠理命、海佐知を以って魚釣りし 、都、一つの魚も不得(えず)」の
一部分ですが、もしかすると「海佐知」とは「竿」の事では無いか?と考えています。
そうでなければ、「海佐知を以って魚釣りし」という事にはならないと思います。
あと、ここでは「鉤(かぎ)」を失ったという話は無いのに関わらず、
次の文では「亦、其の海で失った鉤(かぎ)、是於(これにおいて)、
其の兄火照命は其の鉤(かぎ)を乞うて曰く」とあり、
そんなに、取れやすい「釣り針」だったのだろうか。
「山佐知の母 己之佐知佐知 海佐知の母 己之佐知佐知
今、各(おのおの)佐知を返すと謂う之(これ)の時【佐知二字以音】
其の、弟火遠理命答えて曰く」も不思議な話です。
「 己之佐知佐知」とは何でしょうか?
それに【佐知二字以音】とありますが、
「海佐知毘古」の注記に「此四字以音 下效此」とあり、
必然的に「佐知」は「音読み」になるはずです。
なので、ここでわざわざ、「音読み」指定するって事は、
前文との間で「佐知」を「音読み」以外で読んでいた事になります。
しかし、その部分は無いので、消去したのだと思われます。
それにしても、「佐知」を「音読み」以外で読むとは、どの様な風に読んだのでしょうか。
「汝の鉤(かぎ)者(は:短語)、魚釣で一つの魚も不得(えず)」の後に
「遂に海で失う」となりますが、「亦、其の海で失った鉤(かぎ)」とあり、
どちらも「山佐知毘古(やまさちびく)」である「火遠理命」がしたのだと思います。
すでに、「鉤(かぎ)」を失っているのに、「遂に」とはどういう事なのでしょうか?
もしかして、「鉤(かぎ)」以外の物でしょうか?
それらしい物は登場していません。
「遂に海で失う」の後の文が「然し、其の兄が強く徵(しるし)を乞う」ですが、
今までに一度「其の兄火照命」と書いていますが、
なぜ、今回は「其の兄」としたのか、気になります。
この後に、「其の弟」とありますが、名が無いという事は、
誰を指しているのか不明だという意味でもあります。
なので、あまり、この様な表記は信用できません。
なにより、この場面に、他に「兄弟」がいた可能性もありますので、
名が無いのは、おかしいと思います。
「故、其の弟、破御佩之十拳劒で作った五百の鉤(かぎ)
と雖(いえども)償(つぐない)不取(とらず)
亦、一千の鉤(かぎ)を作ると雖(いえども)償(つぐない)不受(うけず)と云う
猶(なお)、其の正しい本の鉤(かぎ)を得と欲す」の文ですが、
「五百の鉤(かぎ)と雖(いえども)償(つぐない)不取(とらず)」と
「一千の鉤(かぎ)を作ると雖(いえども)償(つぐない)不受(うけず)」は
どちらが正しいのでしょうか?
多分に、「不取(とらず)」は「被害者」、
「不受(うけず)」は「加害者」だと思いますが、
内容的には、「亦」ともあるので、別の話の可能性もあるように思います。
そして、「猶(なお)、其の正しい本の鉤(かぎ)を得と欲す」の文が、
「故、其の弟〜」の文の後であるならば、「不取(とらず)」からして、
「正しい本の鉤(かぎ)」ではなかったから、受け取らなかったとも解釈できます。