日孫の名は阿珉
美しい辰沄繾翅報、
檀(まゆみの木)を瑳(みがく)に順(したが)い固(備える)為に彌(あまね)く
日祖、高天使鷄の乳した之(この)命(いのち)を載せて、
而(なんじ)臻(いたる)において降りる。
是(これ)、神祖と為す
日孫を戞(ほこ)が蓋し、勃(おこ)るが如くに讀む。
天より高い鷄を使い、胡馬(胡国産の馬)から兮(鳴子板の形)の如くに讀む可(べ)き
辰沄繾翅報、其の義、猶(なお)東の大國皇と言う也
第三章
「神領 契丹古伝 著:浜名寛祐」と参照1のサイトでは、
「阿珉美(あめみ)」、「辰沄繾翅報(しうくしふ)」、「順瑳檀彌固(すさなみこ)」と
3つに分けていますが、正しいのでしょうか?
第二章の「阿乃沄翅報」でも読みに関して検証しましたが、
そもそも、一字一音なのかも不明なので、3つに分ける事が正しいのか検証する必要があります。
「め」と読ませていますが、「呉音:ミン」、「漢音:ビン」以外に読みがありませんし、
万葉仮名として登場しないようなので、「め」という読みは無いです。
多分に、第二章でもそうでしたが、「日」=「古代日本」にしたいがために、
「阿」の次を「め」と読ませようとしているように感じます。
もし仮に、「あめ」となったとしても、それは、検証後に分かる事です。
最終的に「珉」=「め」となったのならば良いですが、
なぜ、その様に読むのか?の理由を書いていないのもおかしいです。
これらにより、「阿珉」には「あめ」という読みは無かったと考えられます。
意味としては、「阿(良い)」と「珉(ヒスイのように美しい石)」から、
「良い石」を身に付けていたからなのかも知れません。
「阿珉美」と区切っていますが、「阿珉」が正解ではないか?と考えています。
「珉」=「め」ではない事もありますが、
「美辰」で「美しい辰(はまぐり)」と読める点もあります。
総括の際に、改めて考えます。
美:美しい
辰:はまぐり
沄:水が巡り流れるさま
翅:つばさ、はね
報:合わさる、重なる
上記のように解釈できますが、「繾」に関しては調べてみました。
参照27のサイトにはありませんが、「てあつい」と読みがあり、
「心から慕い離れないさま」と書かれています。
「美しいはまぐりの合わさった羽が、固く閉じて開かないので、水に付けて砂出しをした。」
と解釈することが出来ます。
解読は「美しい辰(はまぐり)の翅(はね)繾(けん)に報(合わさり)沄(うん)す」
ここにある「辰沄繾翅報」は、人名の様ですが、名字などがあるかどうかは不明です。
参照27:「繾」の部首・画数・読み方・意味など
順:したがう
瑳:みがく
檀:まゆみの木
彌:行き渡る
固:備える
上記のように考えると、「まゆみの木を磨くに従い、備えるために行き渡らせる」
と解釈できそうです。
解読としては、
「檀(まゆみの木)を瑳(みがく)に順(したが)い固(備える)為に彌(あまね)く」
となると考えています。
万葉仮名で「すさなみこ」と読んでいますが、「順」は「す」では無いし、
「檀」も「な」ではなく「ま」なので、本の読みのようにはなりません。
これらにより、「阿珉美(あめみ)」、「辰沄繾翅報(しうくしふ)」、「順瑳檀彌固(すさなみこ)」
と3つに分ける事が適正ではない事が分かりました。
原文が存在しないので、考察が正しいかは不明ですが、
「神領 契丹古伝 著:浜名寛祐」の著者の解釈が間違っている可能性が高そうです。
なぜ、この様に読んだのか?などを詳しく、説明してくれれば良かったのですが、
視野狭窄になっているように見えるので、そこを改善するべきと思います。
そうすると、「日祖乳之」の区切りではない可能性が高そうです。
改めて、「日祖乳之命 高天使鷄載 而降臻」を調べると、
繋がった文の可能性が出て来ました。
「高天使鷄」を、一つの単語とすると、
「日祖、高天使鷄の乳した之(この)命(いのち)を載せて、
而(なんじ)臻(いたる)において降りる。」と考えられそうです。
ただ、最後の「是爲神祖(是(これ)神祖と為す)」の文ですが、
「鶏」が有精卵を産み、その対応をした事と、「神祖」がどの様に結びつくのか、
その情報が無いので、全く分かりません。
解読は「日孫を戞(ほこ)が蓋し、勃(おこ)るが如くに讀む。」となりそうです。
「蓋」には、参照29のサイトに、「合う、合わせる」とあるので、
「戞(ほこ)を合わせる」から「戞(ほこ)が蓋し」としました。
「「戞勃」の如くに讀む」を「戞(ほこ)が勃(おこ)る」とした場合、
「日孫の指揮で戦争に勝ったから尊敬する」という解釈が出来ますが、
あまりにも情報が少ないので、真偽は不明です。
「蓋」については、前文の「是爲神祖」に繋がると考えた場合、
「是(これ)神祖を蓋(尊び)と為す」としても、意味が通じますので、
「蓋日孫讀如戞勃」ではなく、「是爲神祖蓋」の可能性も大いにあります。
「高天使鷄、胡馬可の如くに讀む」と解読できそうですが、
「胡馬可兮」の解釈が難しそうです。
「高天使鷄」の「高」は「とさかが長く高くなっている」事を指しているように思えます。
「胡」について、Wikiに下記のように書いています。
「月(=「肉」)」+音符「古」。
「ひげ」の意が後代に薄くなったため、
「ひげ」の意では「鬍」が用いられるようになった。近年の文字の簡化傾向により、
Wiki
再び、「ひげ」の意でも用いられるようになっている。
意味については、「あごひげ」は理解できますが、
「垂れ下がったあごの肉」や「牛のあごをおおって垂れる皮」は違うように感じます。
たぶん、「ひげ」の意味が無くなった時代に考えられたのだと思われます。
参照30:胡 - ウィクショナリー日本語版
「胡」が「ひげ」なので、馬と合わせると「馬のひげ」となります。
しかし、「高天使鷄」についての記事なので、「とさか」を指していると考えると、
「ひげ」とは、「馬のたてがみ」と考えられます。
「可」は「良い」なので、「良い馬のたてがみ」と解釈できそうです。
「兮」について調べると、語調を整えたりする場合に使われる「置き字」で、
この漢字自体に意味が無い様です。
ただ、参照31のサイトには、字源として「鳴子板」とあり、
意味が存在するとしたら、「馬のたてがみが良く、鳴子板の様な形」となりそうです。
参照31:兮(漢字)とは? 意味や使い方
「辰沄繾翅報」は、最初の方に「美辰沄繾翅報」があり、
「美しい辰(はまぐり)の翅(はね)繾(けん)に報(合わさり)沄(うん)す」と解読しました。
今回は「美」が入っていません。
状況が異なるのでしょうか?
「其の義、猶(なお)東の大國皇と言う也」と解読しました。
ここでの問題は、「東大國皇」が何を指すのか?という事です。
「契丹國」の東には、半島も含まれているので、当時の日本を指しているとは限りません。
ですが、情報が無いので、真相は不明です。