初めまして、サイト発起人の水晶光矢(すいしょうこうや)と言います。
このサイトは、日本列島で「古史古伝」と云われている書物を紹介します。
ここでは、色々とある「古史古伝」から、
「契丹古伝」、「先代旧事本紀」、「古語拾遺」、「ウエツフミ」、「ホツマツタヱ」、
「東日流外三郡誌」をピックアップしています。
「東日流外三郡誌」は「偽書」と云われますが、それは、「記紀」の形式では無いからです。
記紀と同じ情報でなければ「偽書」だというのは、非常に横暴だと思います。
なので、このサイトでは、「偽書」として考えずに、単なる歴史書として考察しています。
もちろん、このサイトにある情報が必ずしも正しいとは限りません。
最終的に、多くの人が疑問に持って学び、調べる事で、今よりも色々な情報が
出て来て、その結果、史書と呼ばれる本の内容が正しければ良いし、
間違いであれば訂正する方向に向かって欲しいと願っています。
自分もそうでしたが、既成概念を取り払う事が大事で、当時の人達の生活などを
考察する事で、今まで頭に無かったキーワードが浮かんで来ます。
このサイトが、列島史を考えるきっかけになった方は、
是非とも、上記のような考えで追求していって貰えると嬉しいです。
※このサイトにある情報は、作者の推測に基づいて書かれていますが、
新しい情報によっては、変更される事があるのでご了承下さい。
お知らせ
現在、ブラウザ「GoogleChrome」では、CSSによるFontサイズの指定が
解除されて、形崩れしている状態になっています。
しかし、ブラウザ「FireFox」では、問題なく表示される事が確認出来ています。
調べて見ると、対処としてはCSSによる指定があるようですが、
バージョンなどの関係で複雑になっているようです。
今後、ネットの情報を検証しつつ、形崩れしないサイトにしたいと考えています。
追記:
「FireFox」→「Google系」ブラウザで型崩れしない仕様に、変更し修正しました。
しかし、ブラウザによっては、
型崩れする場合があると思いますので、ご了承下さい。
現在、「偽書」とされているようですが、
記紀とは違う見解が書かれていて、
完全な「偽書」とするのは、違うと思います。
成立時期としては、三上喜孝という人物が、「先代旧事本紀」は大同年間(806年〜810年)以後、延喜書紀講筵(904年〜906 年)以前と推定しているようです。
色々と、記紀には無い情報もあり、
面白そうではあります。
大同2年(807年)2月13日に
成立したと思われます。
「愁訴陳情書説」が古くから唱えられていた。現在では、朝廷が行った法制整備(式)のための事前調査(格)に対する忌部氏(斎部氏)の 報告書であるという説が有力である。
奈佐勝皋(かつたか)や津田左右吉には、
「記紀以前のことを知るための史料としては
価値がない」と評価されているようです。
しかし、これは、記紀を現代よりも絶対視した
ためだと考えています。
1837年(天保8年)に
豊後国(現在の大分県)で発見され、
『上紀』、『上津文』、『上つ文』、『ウエツフミ』とも書き、『大友文献』、『大友文書』などとも言われています。
神代文字の一種である
豊国文字で記されている。
『上記』の序文には、1223年(貞応2年)に源頼朝の落胤とも伝えられている豊後国守護の大友能直が、「新はりの記」や「高千穂宮司 家文」等の古文書をもとに編纂したとあるが、一般に史実とはみなされていない。