或いは、神祖名、圖己曳乃訶斗と云う
號(よびな)は辰沄須瑳珂
初めて毉父之陰に於いて降る
聿肇有辰沄氏、鞅(むながい)に於いて、綏(やすい)之陽居る
載還有辰沄氏、是(これ)二宗と爲す別嗣の神統に顕(あらわ)れ、東冥于(に)者(は:短語)、阿辰沄須氏と爲す
其の後、寧羲氏の名、五原諸族之間を著す
第五章
「圖己曳乃訶斗」とは、どの様に読むのでしょうか?
「乃」があるので、「圖己曳」と「訶斗」で分かれる様に思います。
日本で言う「圖己曳」が苗字で、「訶斗」が名かも知れません。
ただ、「或いは」とはあり、前文と繋がっている様に思えますが、
前文が「神の子、神の孫、國の四方于(に)者(は:短語)、
初めて之(これ)咸(みな)因(ちな)む」なので、微妙だと思います。
「號(よびな)」が「辰沄須瑳珂」とありますが、「辰沄須瑳珂」は単語なんでしょうか?
どこかで分けるのでしょうか?
「初めて毉父之陰に於いて降る」と「聿(ふで?)の肇(はじ)め辰沄氏有り」
と解読しました。
「毉」は、「医」の異体字となっていますが、調べて見ると違うように思います。
「毉」は「殹」+「巫」で形成されていますが、Wikiでは「醫」を「医」の旧自体としています。
しかし、こちらは「殹」+「酉」であって、「殹」+「巫」とは違います。
「酉」と「巫」では、大きく異なるのに、なぜ、同じ漢字として考えるのか、すごく不思議です。
「巫」となっている以上「酉」になることは無いので、同一では無いと思います。
色々なサイトを探しましたが、「毉」の「甲骨文字」や「金文」は見つかりませんでした。
しかし、存在したはずですが、現時点で見つかっていません。
一番古い字形で、参照54のサイトにある「宋印刷字體廣韻」の字形です。
「説文解字」以降に創られたのか、それとも、一部地域で使われていたのか、
推測することは、難しいです。
そこで、他に参考になるサイトは無いかと調べていると、参照56のPDFが見つかりました。
これには、「醫」の「説文解字」にある「古者巫彭初作醫」について書いています。
「古(いにしえ)者(は:短語)巫彭により初めて醫を作る」と解読できます。
これにより、この情報が正しければ、「巫彭」が作ったことが分かりますが、
存在した時代等については不明です。
「神医」とまで云われ、「医療」の神様らしいので、
もしかすると、「夏王朝」時代ではないか?と思っていますが、証拠はありません。
「巫彭」の名は、「山海経」にも登場するとあります。
「山海経」は「前4世紀〜3世紀頃」までに書き足されて作られた書物らしいので、
「紀元前4世紀」には既に、「巫彭」の名は、知られていた可能性があります。
参照54:毉: zi.tools
参照56:醫について
医
Wikiによれば、この字にも「別字衝突」があるようです。
1:会意。「匸(かくしがまえ)」+「矢」。
「矢をかくす容器」を意味する漢語{医 /*ʔiis/}を表す字。
病気などをいやすという意味はない。
日本語の読みは「エイ(漢)」「アイ(呉)」
2:「醫」の略体。「醫」については醫#字源の項目を参照。
Wiki
日本語の読みは「イ」
上記には「「醫」の略体」とありますが、「毉」が存在しているので、
「略体」とするのは違うと思います。
もし、「略体」とするのであれば、「醫」と「毉」の両方とするべきです。
また、「「醫」の略体」としても、「医」である証拠になっていません。
そもそも、参照57のサイトにある「商甲骨文黃組」の字形から、
元々、「医」という漢字は存在している可能性があります。
なので、「醫」と「毉」は、「医」の字形を利用していただけであり、
やはり、「略体」と考えるのは違うと思います。
あと、Wikiでは「矢をかくす容器」としていますが、
参照58のサイトにある「説文解字」では「臧弓弩矢器也」とあり、
「弓の弩矢を臧(おさめる)器也」と解読できます。
注目すべきは「臧」で、Wikiによると「よい」、「おさめる」、「かくす」、「まいない」、
「しもべ」と5通りの読み方があると書いています。
「器(うつわ)」とあるのだから、
「矢を納める器(うつわ)」と解釈するのが正しいと思います。
今回、「弓」と「弩矢」を分けましたが、両方を納めていたのかも知れません。
参照57:医: zi.tools
参照58:匸: zi.tools
参照59:醫: zi.tools
殳
《説文》:㠯杖殊人也。周禮。殳㠯積竹。八觚。長丈二尺。建於兵車。
旅賁㠯先驅。从又。几聲。凡殳之屬皆从殳。《字源》:会意 从又(手)持?,手中所持,盖可用于击打之器械,如兵器等。
两个构件结合会器械类意,
《説文》本义为古代兵车所竖长柄兵器,虽与古初器械义有别,但也相关《漢多》:甲金文「殳」會手持捶擊工具之意,本義是一種古兵器,
以竹或木製成,頂端有棱。
Wikiでは「ハンマー・枹のようなものを持った手を象る。漢語{殳 /*do/}を表す字」
とありますが、参照60のサイトにある「字源諸説」にも、同じ様な事が書かれています。
しかし、「又(手)」は「三本指」なので、なにかを持つと言うのは違うと思います。
ハンマーなどは重くて、さすがに「又(手)」の「三本指」で持つのは無理でしょう。
「又(手)」の「三本指」で持っても大丈夫なのは限られます。
分解して「又(手)」は問題ないと思いますが、上の部分の「几」が分かれば、
「殳」の意味も分かりそうです。
「几」が今回の「殳」の字形に合う漢字を探すと「疫」と「段」などがあるのを見つけました。
やはり、普通の「几」と「疫」などの「疫」では、字形が大きく異なります。
それと、字形を見ると、
参照60のサイトの「商甲骨文𠂤組」〜「西周金文西周早期」の字形では、
「○」+「|(縦棒)」で作られています。
ところが、「西周金文西周中期」以降の字形では「○」が消えてなくなっています。
これはおかしな事で、「○」が意味の大部分となっていると思うのに、
「○」がなくなり、「|(縦棒)」だけだと、何を指しているのか不明になります。
もし、手に何かを持っているのであれば、「○」は必要なく「|(縦棒)」があれば十分です。
しかし、「○」がある事から、この字形が一番の問題を解く鍵になるかも知れません。
現時点では不明です。
参照60:殳: zi.tools
参照61:几: zi.tools
巫
参照62のサイトにある「説文解字」には、「巫祝也。女能事無形、㠯舞降神者也。」とあり、
舞う形を字形にしたようです。
ところが、「字源」では「像与巫事有关的某种器具」、
「漢多」では、「甲金文疑象巫師所執的巫具,因為巫具為巫師所使用,故以巫具代表巫師,
本義是巫師。」として、「器具」では無いか?と書いています。
「舞」と「器具」どちらが正しいかは、字形から判断は出来ません。
ただ、「十字」の字形からは、「舞台全体を使った舞」と考える事は出来そうです。
また、字形の変遷ですが、参照62のサイトにおいて、
「西周金文西周晚期」までは「十字」で統一されていますが、
「春秋玉書侯馬盟書」の字形では、なぜか、「十字」ではなく「巫」の字形になっています。
秦代は問題なかったですが、「漢簡帛張家山」の字形になると「巫」の字形になっていて、
そのまま、「巫」の字形のままいきます。
これは、本来、「十字」の字形と「巫」の字形と、
2つ存在した事を示しているのではないかと考えています。
そうでなければ、「十字」のままだと思います。
なぜ、「春秋玉書侯馬盟書」の字形と、漢代の字形が優先されて、
「巫」の字形を使うことになっているのか、すごく不思議です。
ありえそうなのが、「「巫」の字形を漢民族が好んで使っていた」という事です。
そうなると、「十字」の字形は、漢民族ではなく、別の民族で、敵対していたから、
「巫」の字形にしたとも考えられます。
参照62:巫: zi.tools
酉と酒
《説文》:就也。八月黍成。可爲酎酒。象古文酉之形也。凡酉之屬皆从酉。
《字源》:象形 像酉……除用作支干名外,偶作祭名,
指用酒祭祀……又假借为地支的第十位《漢多》:甲金文象酒尊之形,與夏代二里頭出土的大口尊形狀吻合,
是酒尊的「尊」的象形初文,所以古文字「酉」可以表示「酒」,
「酒」字三體石經古文作「酉」。後假借為地支名。
酒缸的底部是尖的,是為了可以使酒缸的一小半埋進更深的土地上,
以便於儲藏保存。
上記は、参照64のサイトにある「字源諸説」の内容です。
「説文解字」では「可爲酎酒」とあるように「酒」と混同していています。
「字源」では、「指用酒祭祀(祭祀で酒を用いるを指す)」とあり、
こちらも「酉」と「酒」を混同しています。
「漢多」では、「酒尊(酒樽)之形」と書く一方、
「與夏代二里頭出土的大口尊形狀吻合」と「大口尊(たる)形」と少々異なります。
この様に、「酉」=「酒」と考えている感じがします。
しかし、本当にそうなのでしょうか?
なぜなら、参照64のサイトにある「酉」の「商甲骨文𠂤組」の字形、
参照65のサイトにある「酒」の「商甲骨文無名組」の字形は、
両方の字形が「甲骨文字」の同時期に、同じく存在しています。
つまり、「酉」には「酒」とは違う意味が存在していると思われます。
参照64:酉: zi.tools
参照65:酒: zi.tools
酒
《説文》:就也。所㠯就人性之善惡。从水酉。酉亦聲。一曰造也。吉凶所造起也。
古者儀狄作酒醪。禹嘗之而美。遂疏儀狄。杜康作秫 酒。《字源》:会意兼形声 从水、从酉,酉亦声,其义为酒
《漢多》:「酒」從「水」,「酉」亦聲,「酉」象酒瓶,本義是美酒。
「酒」の「説文解字」は、なぜか、「酉」と同じ「就也」となっています。
そもそも、同字ではないのに、同じということは、ほとんど無いと思います。
そして、多分に「酒」の意味は「一曰造也」にあるように、「造」では無いかと思っています。
だからこそ、「氵(さんずい)」という「水」が足され、
「酉(酒の素?)」と「水」を混ぜる事で、「酒」が醸造されるのでは無いか?と思います。
「酉」と「酒」のまとめとしては、同時代の「甲骨文字」が存在している以上、
「酉」を「酒」と考えるのは、大きな間違いだと言えそうです。
では、「酉」の意味としては、「酉」に「氵(さんずい)」の「水」を加えたのが「酒」なので、
「酉」の中には、「酒の素」、もしくは、「酒樽」の事を指していたのかも知れません。
最初は「酒の素」かと考えていましたが、
古代であれば「ワイン(ぶどう酒)」が「酒」だと思うので、
「潰したぶどうと汁」を入れる為の「酒樽」が合っている様に思えます。
ここで「醫」と「毉」のまとめをしたいと思います。
「医」は「商甲骨文黃組」の字形から存在しているので、
「醫」と「毉」の「略体」と考えるのは、やはり、違うことが分かります。
また、「巫」は、「十字」の字形と「巫」の字形が存在することが分かり、
「十字」の字形が「舞」を、「巫」の字形が「器具」を指していた可能性があります。
次に「酉」ですが、「氵(さんずい)」の「水」を加えたのが「酒」である事を考えれば、
「ワイン用ぶどう」を入れる為の「酒樽」だと思われます。
ただ、「酒」が、古代に「ワイン」以外に存在していた場合、
「乾燥」もしくは「泥化した物」の可能性もあります。
参照66のサイトでも書かれていますが、「紀元前8500年の大麦のビール」は、
「乾燥させた大麦粉でつくったパンに水を加えて発酵させる」という方法で作っていたようです。
ここから「酉」の中には「乾燥された大麦粉で作ったパン」が入っていたのかも知れません。
「紀元前8500年」と古いですが、
漢字の字形が創られた時代でも飲まれていた可能性は、大いにあります。
そして、「醫」と「毉」の意味としては、以下にまとめます。
「医」:本来、「矢を納める器(うつわ)」
「殳」:?
「巫」:「十字」の字形と「巫」の字形とがあり、
「十字」の字形は「舞」、「巫」の字形は「道具?」だと思われます。
「酉」:「乾燥した品物」もしくは「酒樽」を指すと思われる。
この様に考えると、やはり、「殳」の意味だけ不明となります。
上記を参考に「醫」と「毉」の意味を考えると、下記の様になりそうです。
「毉」は「医」+「殳」+「巫」なので、
普通に考えれば、「矢を納める器(うつわ)」+「?」+「道具?」になりそうです。
色々なサイトでは、「殳」を「打つ」とか考えている様です。
ですが、上記の式に当てはめても、うまく行きません。
そもそも、「医」を「医療」と考えるのかどうかがあります。
「医」を「医療」と考えた場合、「医療道具」を「打つ」で「注射器」をイメージできます。
次に「醫」を同じ様に考えると、「医療」+「打つ」+「乾燥した品物」もしくは「酒樽」になります。
これだと、うまく噛み合いません。
ただ、「酉」がもし、「酒」だとすると、「医療」+「打つ」+「酒」となり、「点滴」をイメージできます。
これが正しいかは不明ですが、現時点では、この様に考えるのが正しいと思っています。
「居於鞅綏之陽」を「鞅(むながい)に於いて、綏(やすい)之陽居る」
と解読しましたが、「鞅綏之陽」が単語なのか不明です。
今回は、分けて考えました。
「載還有辰沄氏」は「辰沄氏、載せて還るは有り」と解読しましたが、
「載せて還る」が今回の解読の位置で良いのか不明です。