若し、諸(もろもろ)傳(つた)えるに稽(とど)める之(これ)有りと曰(い)う
神者(短語:は)體(からだ)耀(かがや)くと曰(い)う
焉(ここに)、名、無くを以て能(よ)く
鑑(かん)がみる象(かたち)能(よ)く維(たも)つ
故、日神の體(からだ)を鑑(かんが)みて稱えると曰(い)う
戞珂旻の如くに読む
第一章
詳しくは、参照1のサイトを見てもらえると詳細に書かれています。
解読に関しては、漢文として解読するので、
参照1のサイトにある解釈とは、大きく異なります。
「神領 契丹古伝 著:浜名寛祐」と合わせて、色々な角度から考察して行きます。
解読は「若し、諸(もろもろ)傳(つた)えるに稽(とど)める之(これ)有りと曰(い)う」
になりそうです。
「稽」の漢字が気になったので、考察します。
参照2のサイトのWikiでは、
「禾」+「尤」+「旨」で「穂」の意味を持っているとあります。
しかし、それは、「説文解字」の字形から見てなので、
「甲骨文字」や「金文」から見てではありません。
まず、「旨」ですが、参照4のサイトにある「甲骨文字」の字形では、
「人」+「口」、「匕(さじ)」+「口」があります。
「金文」では、基本的に「人」+「口」ですが、「「旨」殳季良父壺西周晚期集成9713」や
「「旨」伯魚魚父簠春秋早期集成4525」も様に「口」に「点」があるのもあります。
参照2のサイトのWikiにある「金文」の字形は、
「点」の有ると無しが存在していて、本当に「稽」なのか分かりません。
「金文」1と金文2は確かに似ていますが、「点」の有無で異なりますし、
「金文」1の「目」の様な字形が、「金文」2では「目」になっていません。
この様に、「金文」だけをとっても、統一感が無く、
「稽」と似た漢字が複数あったと考えることも出来ます。
そして、不思議なのは、「甲骨文字」では「点」が存在していないのに、
なぜか、「口」ではなく「曰」の様な字形になっているのが、不思議です。
たぶん、最初は「点」無ししか無かったが、途中で「点」有りが登場し、
本来の意味とは違う「点」有りに流れがいって、
「説文解字」で「旨」の様になってしまったのだと思われます。
あと、不思議なのが「尤」の字形で、「又」の下から「四本目」の棒が伸びていますが、
「説文解字」の字形を見ると「下」ではなく「上」から「四本目」が伸びていて逆になっています。
なので、「下」ではなく「上」に伸びている事は、つまり、「尤」では無いのではないか?
と思っています。
参照2:稽 - ウィクショナリー日本語版
参照3:旨: zi.tools
「神者(短語:は)體(からだ)耀(かがや)くと曰(い)う」と解読しましたが、
「耀(かがや)く」とは、どの様な状況でしょうか?
通常であれば「耀」ではなく「輝」になると思います。
そこで、「耀」と「輝」を比較してみました。
「火の象形と人の象形」(「人の頭上にひかる火」、「光」の意味)と
OK辞典
「鳥の両翼の象形と小鳥の象形」(「高く踊り上がる」の意味)から、
光が高く躍り上がる「かがやく」を意味する「耀」という漢字が成り立ちました。
声符は「翟(てき)」。
「翟」は「羽+隹(すい)」で、羽の美しい鳥が、大きく羽ばたいている形。
正字は「燿」で、「耀」は説文には載っていず、
北魏の時代に(386~584年)初めて現れる。
なお、火の光を「燿」、日光を「曜」と区別した。
増殖難読漢字辞典
上記から、「耀」の原意としては「光が高く躍り上がる様」で、
北魏の時代から(386~584年)文書に使われたと思われます。
契丹國は、北魏に朝貢していた様なので、「耀」を使っていても不思議ではないです。
参照7のサイトにある「商甲骨文黃組」の字形を見ると、
一番最初の字形は「隹(ふるとり)」では無かったのでは?と思ってしまいます。
「商甲骨文黃組」の字形を見ると、「隹(ふるとり)」というよりかは、
「止」の字形を逆にした感じに見えます。
そして、参照8のサイトにある「甲骨文字」の字形を見ると、
「点線」の箇所があり、この様にしないと見えないという事は、
やはり、大本は「隹(ふるとり)」ではない可能性があると思っています。
参照6:耀
参照7:翟: zi.tools
「火の象形と人の象形」(人の頭上に光る火の意味から、「ひかり」の意味)と
OK辞典
「人が腕を伸ばして抱えこんでいる象形と車の象形」
(戦車で包囲する事から、「いくさ」の意味だが、
ここでは、軍は広範囲に活動する事から、「広い」の意味)から、広く光る、
すなわち、「かがやく」、「かがやき」を意味する「輝」という漢字が成り立ちました。
光+軍(音符)で、光の中心を円陣をえがいてとりまいたひかり。
Wiki
上記から、「輝」の原意として「広く光る様」といえ、
もう少し、詳しく言うと、「光の中心を円陣をえがいてとりまいたひかり」となりそうです。
字源ですが、「説文解字」には載ってないために、「煇」が「輝」に変化したとする話があります。
本当にそうなのでしょうか?
「火」が「光」に変化する事があるのでしょうか?
「煇」と「輝」では、「偏」が異なるので意味が異なると思うので、
「変化」したとする考え方は、違うと思っています。
そもそも、「説文解字」に、当時使われていた全ての漢字が網羅されていたのかと言うと、
そうではないでしょう。
後漢の許慎(きょしん)作と云われるので、「西暦25年〜220年」の間に作られた書物です。
たぶん、漢民族が主体だと思うので、漢民族で使われていた漢字や、
吸収した部族等が使っていた漢字を整理して書物にしたのだと思います。
つまり、漢字を使う部族等で、漢民族に吸収されなかった人々達が、
使っていた漢字については、載っていない可能性があります。
それに、「輝」以外にも、「説文解字」に載っていない漢字が存在しています。
なので、変化したのではなく、元々、別の意味として使われていたと考えるほうが、
スッキリします。
あと、漢字は「紀元前17世紀頃〜紀元前1046年」の殷代から起こっていると、
考えられるので、「西暦25年〜220年」以降に変化する事は、
あまり無いのではないかと考えています。
参照11のサイトにある字形は、全て「火」偏でまとまっていますが、
参照10のサイトにある「宋傳抄古文四聲韻」の字形では、
「火+火+艹(くさかんむり)+火」の様に見えます。
参照12のサイトにある「「煇」傳抄古文字」の字形の内、
「「煇」汗6.83碧」や「「𤐕」四1.21碧」と同じになります。
こちらの形が、時間とともに、変化していき、「光」になったとする方が納得できます。
参照10:輝: zi.tools
参照11:煇: zi.tools
「耀」:「光が高く躍り上がる様」
「輝」:「光の中心を円陣をえがいてとりまいたひかり」
特に、「耀」の「高く躍り上がる」に対して、「輝」は「円陣をえがいてとりまいた」とあり、
「耀」は「上下の動き」、「輝」は「左右の動き」と考えることが出来ます。
これらにより、「耀」と「輝」の指している意味が異なるのが分かります。
今回の場合、「神の體(からだ、もしくは、すがた)が耀(かがや)く」なので、
例えば、キャンプファイヤーの様な場面で、火の粉が上空に登る状況だったのではないか?
と想像できます。
「火の粉」が上空に登っていく様を「神」に例えたと考えることも出来ますが、
情報が少ないので、真相は分かりません。
「鑑(かん)がみる象(かたち)能(よ)く維(たも)つ」と解読できます。
ここでいう「鑑」とは「鏡」を指すものよりかは、「手本や模範」を指す言葉だと思われます。
なので、綱渡りするような状況だったけれども、
自分がするべき仕事を、きちんと為すことが出来た事を書いていると考えています。
「鑑」について、気になったので、字源について考察します。
Wikiに「「金」+音符「監 /*KRAM/」。「
かんがみる」を意味する漢語{鑑 /*kraam/}を表す字。
もと「監」が{鑑}を表す字であったが、「金」を加えた。」とありますが、
なぜ、「金偏」でないとダメだったのでしょうか?
そこで、「監」を調べると、上半分が「臥」で出来ているとありますが、
なぜ、「ノ+二」が「人」に変化するのか、すごく、疑問です。
どのサイトを見ても、過程については書かれていませんでした。
「ノ+二」=「人」とするためには、それなりに理由が必要です。
「ノ+二」は「三画」ですが、「人」は「二画」しかありません。
これでは、釣り合わないです。
他に考えうる方法は、見つからないので、字形から考えます。
参照14のサイトにある「金文」の字形を見ると、
「「監」吳王夫差鑑春秋晚期集成10296」の字形では、
「目(臣)+匕(さじ)+皿」となっています。
多くの人は、「匕(さじ)」を「人」と思っている可能性があります。
参照15のサイトの「人」、参照16のサイトの「匕(さじ)」を比較すると分かりますが、
「人」は基本「左向き」、「匕(さじ)」は基本「右向き」となっています。
「「監」吳王夫差鑑春秋晚期集成10296」は「右向き」なので「匕(さじ)」となります。
ところが、次の「「鑑」智君子鑑春秋晚期集成10289」と
「「鑑」吳王光鑑春秋晚期集成10298」では「左向き」なので「人」となります。
この様に見ると「春秋晚期」だけで、これだけの違いがあるというのが分かり、
「監」には二種類存在した可能性が出てきます。
1つ目が、「目(臣)+匕(さじ)+皿」、2つ目が「目(臣)+人+皿」です。
「説文解字」では、「人」を取っている事からも、2つ目を選択したと思われます。
ちなみに、Wikiにあった、「もと「監」が{鑑}を表す字であったが、「金」を加えた。」」は、
うそで、本当は二種類の「監」が存在したので、使い分けをしていたのかも知れません。
参照13:鑑: zi.tools
参照15:人: zi.tools
参照16:匕: zi.tools
「故、日神の體(からだ)を鑑(かんが)みて稱えると曰(い)う」と解読できて、
先程の続きと考えられます。
ただ、「日神の體(からだ)を鑑」とするとはどの様な状況なのでしょうか?
「日の神」を「太陽」として、「體」は見えている太陽と言えそうですが、
それらを「鑑」のようにするとは、情報が無いので不明です。
可能性として、雨の時期が多いので、
晴れることを祈っていたと考えることが出来ると思います。
雨空から晴れにする事を目標として行動していて、
「維鑑能象」で雨が降りそうな時間もあったけど、なんとか持ち直し、
今回で、晴れ間が広がったので称えたという解釈は出来るように思います。
「戞珂旻の如くに読む」と解読できますが、「鑑」の事を指しているのでしょうか?
それとも、本来、別の文が存在していて、その事を指しているのか不明です。
「戞珂旻」を検索すると、「かかみ」とするサイトがありますが、本当にそうでしょうか?
万葉仮名かと思い、調べてみましたが、「珂」の「か」以外は掲載されていませんでした。
では、なぜ、「かかみ」と読んだ人は、どこから情報を得たのでしょうか?
堅い物が触れ合う音。カツカツ、コツコツ。
音読み:呉音:ケチ、漢音:カツ
訓読み:ほこ
Wiki
参照17のサイトには、「長矛」とあります。
参照17:汉典“戞”字的基本解释
参照18:戛
「3つの美しいたまを縦にひもで通した」象形(「玉」の意味)と
OK辞典
「口の象形と口の奥の象形」(口の奥から大きな声を出す事を意味し、
それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「よい」の意味)から
「よい玉:白瑪瑙」を意味する「珂」という漢字が成り立ちました。
音読み:呉音:ミン、漢音:ビン
訓読み:あきら あきぞら そら
Wiki
この漢字は、参照8のサイトや他のサイトでも「あきそら」が原意として紹介されています。
参照20:旻的意思|汉典“旻”字的基本 解 释
上記のように、「戞珂旻」は、
「秋空に長矛を使って良い玉を見つける様」と解釈できます。
また、「讀」は一見、「読」の旧字と思われがちですが、
「月讀命」で調べたように、字源が統一されていません。
「言(ことば)」+音符「𧶠」(「イク」または「ショク」。
「賣(=売)」に似るが「罒(モウ)」ではなく「四」。
人目につかせ立ち止まらせて売ること)。
立ち止まらせる、区切るなどの意があり、
「瀆(みぞ)」「黷(とどこおらせる)」と同系。※現在は編集されてありません。
Wiki
過去のWikiの情報が正しければ、「秋空に長矛を使って良い玉を見つける様」は、
通る人達の足を止めるのに十分だったでしょう。
この様な状況を作り出すが如くと解釈すると、見方が変わります。
「戞珂旻」の読みについて、改めて考えます。
「神領 契丹古伝 著:浜名寛祐」の第一章のタイトルとして「鏡の本義」とし、
この著者の中では、「戞珂旻=かがみ」と固定しているようですが、謎が含まれています。
参照1のサイトには、契丹古伝の説明で重要な箇所が2つあります。
1:戞珂旻は、「東族」の古語を万葉仮名風に記したもの
2:この書物は、契丹王家が発見したという神秘的な詩が意味不明で
解読できないとした上で、せめてもの措置として、
関連しそうな史料を王家の関係者が採録してみたという
体裁をとる書物なのである。
上記の2つ目が特に重要で、
そもそも、「万葉仮名風」に読む事を想定していないと考えています。
日本人に読ませるために翻訳したときに、
「万葉仮名」を利用するのであれば、納得できますが、
秘伝であり、本来、外部に出すことを想定していないのに、
「万葉仮名風に記す」というのは、あまりにも不可解だと思います。
あと、「戞珂旻=かがみ」だったと仮定した場合でも、
「鑑」=「鏡」とするのは、あまりにも、強引すぎると考えています。
同じ読みを持つ漢字は、「かき」を例にしても、「下記」、「柿」、「牡蠣」、「夏季」というように、
多く存在するので、「鑑」=「鏡」と考えるのも不可解です。
ちなみに、「鏡」、「鑑」以外には「各務」があります。
他にも「万葉仮名」と仮定しても、漢字を借りているだけなので、
「戞珂旻」の漢字を調べても、意味のある文にはならないと思いますが、
「秋空に長矛を使って良い玉を見つける様」と解釈できるので、
「万葉仮名」で読むというのは、当てはまらないと思っています。
ただ、原文が残っていないのと、情報不足により、真実に辿り着け無さそうなのが残念です。
「戞珂旻」が単語かは不明ですが、意味を考えます。
「戞」:堅い物が触れ合う音、長い矛、楽器を軽く打つ
「珂」:綺麗な石、しろめのう、くつわ貝の飾り
「旻」:秋の空、天空、そら。
上記のような意味があるわけですが、統一感がありません。
ただ、「戞」は「堅い物が触れ合う音」から、「長い矛」や「楽器を軽く打つ」を連想し、
「珂」は「綺麗な石」から、「しろめのう」や「くつわ貝の飾り」を連想したのだと思います。
「旻」の基本となる意味については、「秋の空」が最適なのかは不明です。