目次
左の御美豆良(みづら)、八尺(やさか)に勾(ま)がる璁(いし)之、
五百津(いおつ)之美須麻流珠の而(ひげ)を纏(まと)う所で、
天照大御神、速須佐之男命に乞うを度す。
奴那登母母由良邇(ぬなとももゆらに)振り、天之眞名井而(に)滌(あら)う。
佐賀美邇迦美(さがみにかみ)而(に)、吹いて棄て、気を吹く狹霧(さぎり)で成る
所の神の御名、正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命。
亦、右の御美豆羅(みづら)の珠而(に)、纏(まと)う所で乞うを度す。
佐賀美邇迦美(さがみにかみ)而(に)、吹いて棄て、気を吹く狹霧(さぎり)で成る
所の神の御名、天之菩卑能命。(菩自(より)下三字、音を以ってす。)
亦、御𦆅(かずら?)の珠而(に)、纏(まと)う所で乞うを度す。
佐賀美邇迦美(さがみにかみ)而(に)、吹いて棄て、気を吹く狹霧(さぎり)で成る
所の神の御名、天津日子根命。
又、左の御手の珠而(に)、纏(まと)う所で乞うを度す。
佐賀美邇迦美(さがみにかみ)而(に)、吹いて棄て、気を吹く狹霧(さぎり)で成る
所の神の御名、活津日子根命。
亦、右の御手の珠而(に)、纏(まと)う所で乞うを度す。
佐賀美邇迦美(さがみにかみ)而(に)、吹いて棄て、気を吹く狹霧(さぎり)で成る
所の神の御名、熊野久須毘命。(久自(より)下三字、音を以ってす。)
天之菩卑能命
「自菩下三字以音(菩自(より)下三字、音を以ってす。)」と注記があるので、
「菩卑能」が「音読み」指定になります。
「菩」:呉音:バイ、ブ、ボク、漢音:ハイ、フウ、ホ、ホク、慣用音:ボ
「卑」:呉音・漢音:ヒ
「能」:呉音:ノウ(ノゥ)、ノ、ナイ(表外)、
漢音:ドウ(ドゥ)(表外)、ダイ(表外)、慣用音:タイ(表外)
上記により、呉音「ばいひの」、「ぶひの」、「ぼくひの」、
漢音「はいひどう」、「ふうひどう」、「ほひどう」、「ほくひどう」となりそうです。
一般に使われている「ほひの」が正しいのか微妙になって来ました。
「天之菩卑能命」の生きた時代が分からない以上、どれが正解かは不明です。
「甲骨文字」を探しましたが、「説文解字」の時の字源しか残っていないようです。
参照5のサイトから考察します。
まず、仏教とは無関係だと考えます。
「紀元前6世紀頃」から始まったと云われていますが、
古事記の情報源として考えている時代は「紀元前1000年頃」です。
「紀元前6世紀」=「紀元前600年から紀元前501年までの100年間」なので、
「神武天皇」が即位したと云われる時代(紀元前660年)よりも後です。
これにより、「菩」=「ほとけぐさ(仏草)」と解釈できます。
「仏草」については、「卑」の考察でまとめて考えます。
参照のサイトを比較すると、字源に関して諸説あるようですが、
参照9のサイトには、古代中国「商」代からの変遷が載っていて、
古くから使われていた漢字だというのが分かります。
本来の意味は、悪い意味ではなく、
時代によって、悪い意味に変化したのではないか?と考えます。
良い例として「邪」があります。
この漢字は、「琅邪(ろうや)郡」を指していましたが、
いつの頃からか、悪い意味で使われるようになっています。
字源は、「諸説」で考察します。
この漢字の意味は、参照6のサイトにあるように
「才能」を指しているように思っています。
原文:
金文從「又」從◎,象手持有柄工具之形,疑為卑者、僕人所用(季旭昇)。「又」象手。
全字象手持工具幹活,本義是卑賤。
金文從「又」從◎,象手持有柄工具之形,疑為卑者、僕人所用(季旭昇)。
「卑」字或從「𠂇」(象左手形)或從「又」(象右手形),本無分別,以從「𠂇」為多數,
疑古時左卑右尊,從「𠂇」表示卑賤。甲骨文用義不詳,金文讀作「俾」,表示使。國差𦉜:「卑旨卑瀞」,意指使美使好(陳新)。
又表示順從,中山王鼎:「克順克卑」。
《說文》:「賤也。執事也。从𠂇甲。」段玉裁注:「古者尊又而卑𠂇,故從𠂇在甲下。」
解読:
金文では、◎の「と」からきており、柄のある道具の形をしており、
謙譲な使用人(季徐生)が使っていたのではないかと推測されている。"呉 "は "手 "の象徴。 手に持っている道具という意味で使われる言葉です。
晋では「又」から、◎では、
使用人が使うことが疑われる柄のついた道具を持つ形になっている(季徐生)。"卑 "という字は、⑸から来たもの(左巻きのような形)か、
⑸から来たもの(右巻きのような形)のどちらかですが、両者に区別はありません。オラクルボーンでの使用は不明だが、ジンでは「ビ」と発音し、作るという意味である。
また、従順さの表れでもあります。
また、中山王鼎の「柯順柯肥」のように、服従の意味もある。
また、従順という意味もあります。
また、従順であるという意味もあります。
蓮アからです。" 段祺瑞の注釈:「古くは、古人や劣等者を称えるために使われた。
原文:
会意字。
“卑”字甲骨文作图1,上部是一个椭圆形的器械,下部是一只手(“又”字)。
手所持之物各家说法不一,有人认为像酒器,
因为执酒器为尊者酌酒的人应为卑微低下之人,所以“卑”有卑贱的意思;也有人认为像锤一类的工具,古时干体力活的人往往处于社会底层,
故“卑”引申为低下 [18-19] 。西周春秋时,器柄衍出一横,与“又”结合成“攴(pū)”(图3、4、5),
带有声化趋向,卑与攴并唇音。战国时除极个别字保留声化趋向外,主流结构则是承用商代结构,
或则全同,或则省略器柄作从田从又(图7-9);不甚规范的,或又旁作寸、父、尹,或“田”下衍出一横,或“田”上出头为“由”。
《说文》整理作从𠂇甲是理据重构。楷书将手形变为“十”,写作卑。 [16]
“卑”由地位、身份低下转用于人格,就是“低劣”。
一般对品行、言行邪恶下流,不顾廉耻的人,常骂为卑鄙无耻。
解読:
シノニムです。
"卑 "の字の卦は図1に示すように、上部が楕円形の器具、下部が手("貳 "の字)である。
手に持っているものは、酒器に見立てた説、酒器を持つ人が卑しい人であったことから
「humble」の意味を持つ説、ハンマーなどの道具に見立てた説、
古代、手仕事をする人は社会の底辺にいることが多かったことから
「humble」の意味を持つ説など、さまざまに言われている。"humble "の語源は "low "である[18-19]。
西周・春秋時代には、道具の柄から十字を派生させ、
「又」と組み合わせて「叩」(pū)とし(図3、4、5)、
卑と叩を組み合わせて発声する傾向がある。戦国時代には、発声傾向を残す一部の文字を除き、
主流は殷王朝から継承したもので、田や又のように器の柄を省略したり(図7-9)、
標準化されていない例では、田の側面を寸、父、尹としたり、
田の下から十字を派生させたり、天 または "田 "の後に "由 "をつける。芹」の使用根拠を再構成したのが「雙文」である。
通常のスクリプトでは、手の形を「十」に変え、「卑」と表記する。[16]
卑」は身分や劣等感から人格に転嫁され、「劣等感」となっている。
一般に、性格、言動が邪悪で意地汚く、恥を知らない人のことを、
下品、恥知らずと呼ぶことが多い。
原文:
"卑"是會意字。
甲骨文"卑"的字形,上部是一個類似"甲"字之形物品,下部爲一隻右手。
對"卑"字的解讀存在多種不同觀點。
一:兩形會意表示手持扇子服侍主人(地位低下的僕人);
二:上部是盾牌,下部一隻手,表示戰士在戰場上不敢奮勇拼殺
只會拿著盾牌一味避讓,是讓人鄙視的怕死鬼;三:上部是"田",下部是"攴"(甲骨文第一款),表示在田地里勞作(賤民);
四:是"曾"這個炊具中蒸食物時用的名叫"卑"的隔墊,
因做工作的很多是女性戰俘或罪人的女眷(卑女),久而久之,卑成了這羣人的稱呼。
金文承續甲骨文字形,下部的手由右手改寫成左手。
小篆字形略有改變。隸書誤將小篆中字形中的"手"寫成"十"。楷書由此寫成"卑"。
解読:
"ペ "は同じ意味を持つ漢字です。
オラクルボーン文字では、「ペ」の字は上が「ア」、下が「右手」の形をしている。
ペ」という文字にはさまざまな解釈がある。
第一に、二つの形が合わさり、扇を手に持って主人に仕えること(身分の低い使用人)
第二に、上が「盾」、下が「手」で、武士が戦場で勇敢に戦う勇気もなく、
ただ盾を持って避けること、死を恐れる卑しいこと第三に、上が「天」で下が「叩」(神闕骨銘の第一形式)で、
畑仕事をすること(卑しい者)第四に「盛」(食物を蒸すのに使う調理器具)を表していること、である。
スペーサーの名前が「北」なのは、
働いている人の多くが戦争捕虜の女性や罪人の扶養家族である
女性(謙譲の女性)であり、いつしか「北」がこのグループの名前になったからだ。
壬申の文字は、神託の骨の形を引き継ぎ、
手の字の下部を右利きから左利きに変更したものである。小篆の字形が少し変わりました。
事務用小篆では、「手」を「十」と間違えて書いている。
そのため、通常のスクリプトでは「ペ」と表記される。
上記のように、参照9〜11のサイトでは、多くの諸説を紹介しています。
ところが、参照7と8のサイトでは、そうせず、
現代の考え方のみの考察をして、諸説については言及していません。
そこで、参照9〜11のサイトの情報を元に、考察して行きます。
「柄のある道具」→「手に持っている道具という意味」に変化したとあり、
なぜか、使用人に固執しているようにも感じます。
「酒器」や「ハンマーなどの道具」としていますが、
「酒器を持つ人が卑しい人であったことから」というのは、
情報の信頼性に欠けるように思います。
なぜなら、「酒器を持つ人全員がそうとも限らない」ですし、
そもそも、「酒器」を持つ人は、「高い位」の人ではないか?と思うからです。
4つの説を紹介しています。
1:扇を手に持って主人に仕えること
2:「盾」を持った戦士が、死を恐れて逃げる
3:畑仕事をすること
4:「盛」(食物を蒸すのに使う調理器具)
意味としては、参考に出来そうも無さそうでしたが、
参照8〜10のサイトで紹介していない説が書かれています。
「取っ手のある丸い酒だるに手をかけている」象形から、
OK辞典
日常用の「たる」の意味から、
転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、
「(祭器に比べ)いやしい」を意味する「卑」という漢字が成り立ちました。
「菩卑」の意味としては、これではないかと考えています。
「菩」=「ほとけぐさ(仏草)」としました。
この「仏草」には種類があって、参照6のサイトでは、
「オキナグサ」、「ドクダミ」、「オノマンネングサ」、「オミナエシ」の
4つ紹介されています。
見て分かる通り、「ドクダミ」や「オミナエシ」は、
「お茶」として流通していますので、
古代においても、大変重宝していたのではないか?と推測しています。
参照8:音符 「卑ヒ」 <いやしい身分の召使> と 「碑ヒ」
参照9:漢字金文部件分析
参照10:卑_百度百科
参照11:漢字趣談:卑
上記の考察では、「菩卑能」を下記のようにまとめました。
「菩」:「ほとけぐさ(仏草)」
「卑」:たる
「能」:才能
「オキナグサ」、「ドクダミ」、「オミナエシ」などの漢方や生薬として使える草を、
乾燥させて「たる」に詰めて、九州に救援物資として持ち込んだのが、
「天之菩卑能命」だと解釈しました。
「天(あま)家」に編入したのは、
「天(あま)なる國」が「建速須佐之男命」の國よりも北側にあり、
領土が広かったので、問題ごとが多かったからではないか?と推測しています。
それに、「漢方や生薬として使える草」の他に、「苗」も持ってきていると思うので、
「天(あま)家」の保護の下、量産体制を確率するのに重要だったのだと思います。